芸術文化研究指導Ⅰの発表内容
- 日本・東洋美術史ゼミ
更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
以下、芸術文化研究指導の発表内容です。
研究テーマ 建物と服飾の視点から見る《寝覚物語絵巻》
目次
1.研究内容の概要と研究動機
2.各視点の整理
‐1.建物
‐2.服飾
3.本研究で使用する場面の概要
-1.第二段
-2.第三段
-3.第四段
4.問題点
‐1.場面のパターンにおける条件を基に各場面を抽出する
‐2.抽出した結果から各場面のパターンの整理を行う
1.研究内容の概要と研究動機
絵巻では、引目鉤鼻で表情を統一することで鑑賞者に自由に表情を読み取らせているにもかかわらず、四季やモティーフといった図様を通して、詞書上で書かれている感情を表現している。
先行研究においてはこれに加え、素朴な画面構成をしている《寝覚物語絵巻》が、絵の意味内容を鑑賞者が共通の認識で鑑賞するには、図様が極度に象徴化する必要があり、結果、図様は一定のパターンを持つに至ることとなったと述べている。
先行研究では、以上の図様が各場面のパターンにどのように関わっているかを論じていた。
よって、本研究では、この図様の要素の中に含まれていなかった、建物の描かれ方や服飾の表現の視点から場面のパターン分けを行うものである。
研究動機は、従来の《寝覚物語絵巻》に関する研究が、詞書と画面に関する研究が主であり、これらの状況を伺ったとき、新たな視点から《寝覚物語絵巻》を見る必要性があるのではないかということ、平安時代後期の服飾や建物の分野の研究推進のために本研究を企画するに至った。
2.各視点の整理
‐1.建物
絵巻には、様々な建物が描かれている。《法然上人絵伝》においては、法然の生家を見て知っていたわけではない。にも関わらず、建物や周辺の景色が描かれている。建物を描くときに周辺の景色を確かめに、現地を訪れていないだろう。絵巻は、そのような厳密さを要求しているわけではなく、それよりも、住む人物にふさわしい家が描かれていればよかったということである。以上から、建物には、それぞれ性格があり、絵巻の性格によって異なってくるということが言えるだろう(註1)。
先行研究では、以下のパターンで絵巻における建物の性格について述べている。
①実際に存在した儀式や出来事を記録するためにある程度忠実に描かれた建物
《年中行事絵巻》は、平安時代末代宮中から庶民までの様々な儀式や行事を記録するために造られた。《年中行事絵巻》は、町屋が描かれているが、現実に京内のどこかを描いたものなのか、常識的に町や町並みを描いたものなのかをただすことはできないが、内裏の紫宸殿、清涼殿、仁寿殿などの御殿は、それと分かる程度には描く必要があった。行事が行われるにあたって、参加する人々の座が建物との関係で指定されている場合には、建物の柱間の数を省略したり、建物と建物、或いは建物と舞台などとの関係を曖昧にすることは許されなかったのであろう(註2)。
②建具を省略して描かれた建物
《年中行事絵巻》の町角での鶏合わせの背景に描かれた町屋をみると、家の中に人物が描かれている代わりに建具が省略されている。本来は建具が閉ざされていた可能性が強いこと、開いていたとしても右側の柱間のように引き違いなら片方に寄せていて、外していた可能性は低いだろう。中の様子を見せるために、建具を外した状態で描いたと考えられる。
同様に描いている絵巻に《一遍聖人絵》の大井太郎の家の主殿が挙げられる。正面の廊内に立っている人が描き込まれているために、内部の床や人物に彩色し、外側の壁や建具を描かないままになっている。
③同じ背景を数回描く際の建物
同じ場面のなかで時間が経過していく様子を描く場合には、ア.同じ背景を何度も繰り返すか、イ.一つの場面の中で登場人物が何度か出てくるという表現方法を取るということになる。ア.の場合には、同じ建物を何回か描いていると、場面によって建物が少しずつ異なることが多い。これは、絵巻を描いた絵師によって背景の建物も室内の構成も、厳密さが要求されるものではなく、この絵巻を見る人にとっても、背景は場面を認識する助けになればよかったことが考えられる(註3)。イ.の例として、《信貴山縁起絵巻》の東大寺大仏殿の光景がある。この場合、大仏殿は一度描かれるだけで、尼僧が何回も登場し、尼僧に比べて、大仏殿は巨大で、細部もよく特徴をとらえている。
④物語の舞台としての建物
物語の舞台としての建物は、必ずしも絵巻に描かれた通りに配置されているとは限らない。
《駒競行幸絵巻》静嘉堂文庫本・和泉市久保惣記念美術館本では、同じ寝殿造の邸宅が描かれている。しかし、建物の配置が異なっており、後者の配置が正しく、前者の配置が絵巻の中で採られたのは、絵巻が展開していく上での必要性からと考えられる。
‐2.服飾
絵巻は、作画に際して原文にである物語の中からよく知られた部分をいくつか選び出し、これを詞書として絵に添えることは、絵巻の過程で行われたことである。詞書を読むことによって、物語の展開を思い出し、主人公や周辺の人々に感情移入しつつ絵巻の中に入り込んでいくのである。
物語を絵画化する段階で、情景描写に画面上での情景の若干の変更や合成が可能になるのは、一方でしっかりとした風俗描写が行われているからと考えられる(註4) 。本来がフィクションである物語を絵画化するにあたって、描き手である絵師の判断によるフィクションが加えられ、それでも絵巻が見る者にオリジナルな物語を読むような感情移入を起こさせるための必須条件が、原文あるいは詞書に忠実な風俗描写であり、この描写が適切であることによって登場人物はフィクションの中で実在感を発揮して、見る者もその中に引き摺り込むのではないのだろうか。
これに加えて、絵画史の立場からは、絵巻の中の各々の画面は、ひとつの画面の中に時間的にもあるいは空間的にも複数の視点を持つものが少ないことが分かっている。こうした現象においては、視点が登場人物と同じ世界に入り込むため、当時の人々が、個人の性格や個性の現れとして受け止めていた服装の描写は、おのずから登場人物が現存するものと仮定して、それに正しく相応しいものが選ばれなければならない。その意味でも、絵巻における服装描写は、当時における現実の服装を正確に描写したものであったと考えられる。
具体的な服飾に関しては、まだ情報の収集をしていない為、次回の研究発表にまわしたい。
3.本研究で使用する場面の概要
本研究においては、詞書に描かれた情景を参考に研究を進めていくため、詞書が現存していない第一段は研究対象から外した。
-1.第二段
登場人物
・まさこ君:中の君(のちに寝覚の上と呼ばれる)と中納言(のちに大納言)との子、息子
・女二宮:梅壺の女御が母親。冷泉院の後宮にいる女性の一人
場面内容
まさこ君が庭の松と藤の花、箏の琴の音に惹かれて、冷泉院の故左大臣の女御の邸に忍び入った場面である。
-2.第三段
登場人物
・まさこ君
・中納言:のちに大納言と呼ばれる。中の君を但馬守の女と勘違いし、一夜の契り意を交わす。これをきっかけに、中の君に思いを寄せることとなる。
場面内容
冷泉院から勘当を受けて女三宮との仲を引き裂かれてしまった、まさこの君が、女三宮付きの女房である中納言の君の里を訪ね、己の悲痛な心情を訴えかける場面である。
-3.第四段
登場人物
・冷泉院:帝。冷泉院女三の宮(娘)の父。縁談が決まっていた冷泉院女三の宮が、まさこ君と相思相愛になったことにたいそう立腹され、まさこ君を勘当する。寝覚の上に対しては、さまざまに言葉を尽くし寝覚の上を口説かれる。
・寝覚の上:冷泉院の目覚の上への執心と、関白(寝覚の上の夫)の嫉妬との板挟みの結果、身を隠し、偽死を装う。
場面内容
山の座主を介してまさこ君への勘当が解けることを嘆願する寝覚の上の手紙が冷泉院に奉られ、寝覚の上が死去したばかりと思っていた冷泉院が、結ばれることのない相手を想って涙を流している場面である。
4.問題点
‐1.場面のパターンにおける条件を基に各場面を抽出する
冒頭に説明した通り、先行研究において、素朴な画面構成をしている《寝覚物語絵巻》が、絵の意味内容を鑑賞者が共通の認識で鑑賞するには、図様が極度に象徴化する必要があり、結果、図様は一定のパターンを持つに至ることとなったと述べており、四季表現・画面の寸法・詞書からわかる情報・構図(空間表現に関する)を条件として場面のパターン化を行っている。
本研究においては、これを建物・服飾表現の視点から場面のパターン化を図ろうとするものである。
現時点で、まだ建物と服飾表現に関する情報収集が終わっていないが、《寝覚物語絵巻》と制作時代が同じ絵巻に絞り情報収集を行う予定である。
‐2.抽出した結果から各場面のパターンの整理を行う
各場面を抽出した結果から各場面のパターンの整理を行う。具体的なパターンの分け方はまだ検討していない。
現時点では、ここまでを研究としようと考えているが、各場面のパターンの整理をし終わった段階で、時間があれば、《源氏物語絵巻》の服飾や建物の表現と比較し、新たな発見を得たいと考えている。
註
1)若杉準治編『絵巻物の鑑賞基礎知識』至文堂、1995年、p201。
2)若杉準治編『絵巻物の鑑賞基礎知識』至文堂、1995年、p202。
3)若杉準治編『絵巻物の鑑賞基礎知識』至文堂、1995年、p204。
4)若杉準治編『絵巻物の鑑賞基礎知識』至文堂、1995年、p224。
参考文献
・澤田和人「寝覚物語絵巻についての一考察」、『特別展 国宝寝覚物語絵巻-文芸と仏教信仰が織りなす美-』pp146、大和文華館、2001年。
・若杉準治編『絵巻物の鑑賞基礎知識』至文堂、1995年。
・池田洋子「寝覚物語絵巻(大和文華館所蔵):その詞書と絵画」、名古屋造形芸術短期大学、1984年。