【描きたくなる日を迎えるために― 日本画を描く前の8つの手順】

  • クリティカル・ライティングゼミ

笹尾 優子

一般公開

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【描きたくなる日を迎えるために― 日本画を描く前の8つの手順】

 絵を描く、とは作業ではない。

その為に描く前に、描かない時間をつくる。それは小さな儀式のようなもの。

この手順書は、線を引く前の「まえがき」、または所作の集まりである。画材に触れることによって、自分の感覚を目覚めさせ、まだ見ぬ世界と対峙するための準備運動をする。

. 紙を撫でる

描かない。まだ線は引かない。紙に触れるだけ。

ここには、何が描きたかったんだっけ?と、

やさしくさすりながら、紙に思い出してもらう。

. 水を張る

手のひらより少し大きい器に、水をひとすくい。

今日の水は冷たい?ぬるい?

それとも、包まれるように柔らかい?

刺すようにかたい?

自分の手を、透明な水で目覚めさせる。

.お茶を決める

水と仲良くなったら、今日のお供を準備しよう。

カップは何にする?

茶葉は、冷めてもおいしい“あの子”にしようか。

. 道具に触れ、洗う

筆の軸を握る。絵皿を手のひらに乗せる。

どれも、自分の身体の延長線にあるように扱うこと。

使い込まれた道具には、過去の濁りが宿っている。

絵皿の裏の汚れにも目を向けて、

きれいさっぱり、汚れを流してあげる。

. モチーフと見つめ合う

それは、本当に「花」なのだろうか?

本当は「誰か」かもしれない。

「どんな私」が描こうとしているのか?

あるいは、もう“私”ですらないのかもしれない。

. 詩を書く

描く前に、言葉にしてみる。言葉の羅列で、デッサンをしてみる。線の前に言葉を置くと、余白が広くなる。

. 絵具の色を眺める

岩絵具の粒を見つめる。

まだ筆に取らなくていい。ただ見る。必要な色を思い出す。

仲が悪そうな色同士が、実は隠れた親友だったりする。

私も、色の仲間に入れてもらって、そっと会話する。

. 離れて見る

目に色を叩き込んで、画面から一歩下がる。

まだ何も描かれていない紙を、少し離れて眺めてみる。

そこには、すでに“何か”が立ち上がっているかもしれない。

超絶技巧で上手に描くことより、自分の心に、誠実であること。

感じた温度、匂い、記憶、言葉。その輪郭線を、

そっと、なぞってあげる。やってみて。

あとがき

学生のころ、「描く前に詩を書かないの?お茶の準備しないの?」と言われたことがある。 当時は「そんな悠長なこと!」と内心反発していた。でも今では、こうした余白こそが、描くことを可能にしてくれると感じている。この手順は、かつての自分に宛てたものでもある。

笹尾 優子 ササオ ユウコ

所属:芸術専攻 文芸領域

日本画家です
2025年 文芸領域入学(クリティカル・ライティングゼミ3期生)