未来派とファシズムの接近
- 芸術理論・西洋美術史ゼミ
M2に進学してしまった…こともあり、少しずつ、修士論文のデータソースとなる情報を書き留めていこうと志す。今回は、未来を示す革新的芸術集団であった未来派がなぜファシズムと接近していくのかについてまとめておく。ここではイタリアの歴史そのものを背景として参照する必要性がある。芸術とは、その作品の生まれた文化的背景に大きく影響し合うものであり、この点を切り離して論じることは難しい。
はじめに ーイタリアと未来派の成り立ち
イタリアは1861年、統一国家としてのイタリア王国の成立が宣言され、トリノに首都が置かれた。それまでは都市国家の集合体のようなものであったが、以降も領土問題をめぐり戦争を繰り返し、1866年にヴェネチア、1871年にローマと併合した後、ローマを首都とし、ようやく国としての様相を保ち始めた。そのためイタリアに先駆けて統一国家体制を整えていたイギリスやフランスに比べると、近代化においてに後れを取っていたことは明らかである。
この状況の中で、未来派は文学者であるフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(1876-1944)がパリの新聞『フィガロ』に掲載した「未来派宣言」を発表したことに端を発する。伝統や過去を否定し、機械文明、速度、運動、工業社会のダイナミズム、力や運動を想起させる新しい表現を創造する前衛芸術運動として展開した。他国に後れを取っているイタリアの近代化を押し上げる意図があった。
初期の未来派に対する評価
未来派はパリを起点にロンドンやブリュッセルへと巡回展を行い、1913年にはローマで「第一回未来派絵画展」を開催した。未来派の初期は、ウンベ-ル-ト・ボッチョーニ(1882-1916)やカルロ・カッラ(1881-1966)、ルイージ・ルッソロ(1885-1947)らによる、キュビズムの造形を踏まえつつ、特に「運動」を絵画や彫刻に取り入れる表現によって、モダニズム芸術の重要な源流となっていった。この段階では、未来派は芸術的革新を志向する前衛運動として評価されていた。
イタリアの美術評論家であるロベルト・ロンギ(1890-1970)は未来派の画家・彫刻家のひとりであるウンベルト・ボッチョーニ(1882-1916)の《弾力性》 (1912)を参照し、未来派の本質は、キュビズム的な造形を受け継ぎながら、動きをそこに刻み付けようとするものであるとする。そこには生きた曲線の優位性があり、完璧なまでの強烈さで全体に働きかけ、曲線それぞれから色彩が現れてくるとした。

その一方で批判的な声もあった。イタリアの歴史家であるリオネロ・ヴェントゥーリ(1885–1961)は「機械文明の神話の濫用であり、様式上に代る実際上の反伝統主義であり、そして、芸術論争の社会的でなくて政治的な論争への急速な堕落」であると批判した。
未来派と「壁画宣言」
1920年代以降、未来派の一部はファシズム体制と接近していく。その色を強める要素の1つに挙げられるのがノヴェチェント運動との接合である。ノヴェチェント運動とは、1920年代にイタリアのミラノで興った芸術運動であり、イタリア語で1900年代を意味する。 この活動の狙いはイタリア美術の偉大な伝統、とりわけ古代ローマからルネサンスにかけての古典美術を現代に復興にあったが、1920年代後半から、芸術が国家や社会に果たす役割が強く意識されるようになり、次第に芸術をファシズムに寄与させる方向へと向かっていった。
1933年のミラノ・トリエンナーレ第五回でマリオ・シローニ(1885-1961)がマッシモ・カンピーリ(1895-1971)、アキーレ・フーニ(1890-1972)、カルロ・カッラとともに発表した「壁画宣言」は、フレスコ画をはじめとする壁画が社会的・教育的・倫理的機能を担い、ファシズム精神の造形的表現となることを明確に支持する内容であった。
シローニの壁画《労働と日々》(1933)は、農民の視点から労働の尊さと神々を表現した古代の叙事詩をモチーフとしながらも、工業施設や煙突、水道橋などの近代的なインフラを描き込み、未来派宣言で描かれていた労働賛美と未来の国家像を重ね合わせているようにみえる。この作品と宣言文は、前衛芸術集団であった未来派が国家イデオロギーの表現装置へと組み込まれていく象徴的なステップの1つである。
おわりに
未来派は、革新的芸術として出発しながらも、リオネロ・ヴェントゥーリはの言葉を参照するに「機械文明の神話化」と「芸術論争の政治化」の色が強く現れていたこともあり、当時のイタリアの社会的背景とノヴェチェント運動と結びつき、次第に政治的表現の手段として組み込まれていくのである。
参考文献
- 谷藤史彦(2016)「ルチオ・フォンタナとイタリア20世紀美術ー伝統性と革新性をめぐってー」中央公論美術出版
- 山本友紀(2016)「1930年代フランスにおける壁画の特質と時代的意義:モダニズム芸術の社会性」デザイン理論(68).pp49-62.
- Mario Sironi, Scritti editi e inediti, Milano, G. Feltrinelli, 1980, p. 155-157.
- イタリア近現代美術年表(Accessed:2026/04/19)https://nakajimamio.sakura.ne.jp/chronology_booklist.html
- ノヴェチェント(Accessed:2026/04/19)https://artscape.jp/artword/6508/