カルロ・カッラによる未来派から古典回帰への転換

  • 芸術理論・西洋美術史ゼミ

Suzuko

一般公開

「未来を創る力」に着目し、20世紀初頭の前衛芸術運動の一つである未来派に着目している。しかし未来派を論じる際、芸術と政治の接近を切り離すことは容易ではない。本稿では、未来派の中心的画家でありながら、そこから離れていったカルロ・カッラ(1881–1966)に焦点を当て、その芸術的思考の変遷を追う。

1910〜20年代のイタリアでは、未来派が登場する一方で、パオロ・ウッチェッロやピエロ・デッラ・フランチェスカといった15世紀の画家たちの再発見と再評価が進んでいた。この時代的背景により、未来派を含む前衛芸術家たちの間にも古典や秩序への回帰の兆候が現れ、伝統的技法を再構成する試みが起こっていく。

カッラは「未来派宣言」や「未来派絵画技術宣言」に署名した未来派の主要人物であった。1911年に発表した《無政府主義者ガッリの埋葬》は、未来派としての彼の代表作でもある。本作品は1904年のゼネラルストライキの最中、警官に殺害されたアンジェロ・ガッリの葬儀を主題とする油彩画であり、未来派特有の速度と運動のダイナミズム、労働者と衝突、暴力性とエネルギーなどを描きこみ抽象的に表現している。

カルロ・カッラ《無政府主義者ガッリの葬儀》1911年
カルロ・カッラ《無政府主義者ガッリの葬儀》1911年

しかし本作発表から5年後の1916年、カッラは次のような書簡を残している。

「目下のわたしには、ダイナミズムもその他の理論も一切関心がありません。フォルムの実態を探求することで、ただ、わたしに相応しいある統合に到達したいと思うだけです。(中略)色調や線の関係がもつ単純明解さこそ、いまや私を悩ませているもののすべてです」(マッシモ・カッラ編『カッラー=ソッフィッチ往復書簡1912–29』1983)

また同年には、文芸誌『ラ・ヴォーチェ』には、ジョット・ディ・ボンドーネへの敬意を示す文章を寄稿している(マッシモ・カッラ編『カルロ・カッラ著作集』1976)。

カッラは未来派の理念を「見せかけの未来信奉的偏見」として距離を置き、自身の画家としての技術と向き合い、古典回帰へと向かった。特にジョットの再解釈を通じ、古典的具象表現を取り入れようとした。その目的は主題や物語の伝達ではなく、純粋に造形的・視覚的表現のため伝統的技法を取り入れようとする試みであったとされる。

1919年にカッラはローマの雑誌『ヴァローリ・プラスティチ』に《ロトの娘たち》の写真複製を掲載し「イタリア絵画の復興」と題する文章を寄せた。そこでは第一次世界大戦による社会的混乱を背景に、イタリアおよびヨーロッパの精神的衰弱を嘆き、均衡の回復を求める姿勢が示されている。

カルロ・カッラ《ロトの娘たち》1919
カルロ・カッラ《ロトの娘たち》1919

『ヴァローリ・プラスティチ』には、カッラのほか、デ・キリコやサヴィーニオといった形而上絵画の中心人物が寄稿し、作品の写真複製とともに理論的文章を掲載することで、より高度な芸術性を追求しようとした。彼らは未来派のようにファシズム政治と積極的に結びつく姿勢を示さず、独自の芸術観と技術探求をよりどころとしていた。美術史家マーク・アーサー・チータム(1991)は『純粋さのレトリック』において、純粋で自立したフォルムを探求する芸術こそが精神的革命に寄与すると論じている。このような芸術の自律性への信念は、当時の多くの芸術家に共有されていた理念であり、カッラの転換もその文脈の中で理解できる。

カッラの古典回帰は、政治的潮流から距離を置き、真の芸術家としての探求を深めようとする姿勢の表れである。しかしそれは単なる個人的選択ではなく、当時のイタリア社会全体が、未来派の前衛性と並行して15世紀古典絵画を再評価し、芸術の規範を再定義しようとしていた文化的状況の中で生じたものであることを忘れてはならない。カッラの古典回帰は、社会的・文化的要請に応答する一つの解である可能性もあり、政治的文脈から切り離されたものとは言い難い。しかしながらカッラの古典回帰は、未来に背を向け、過去へ向かう行為というよりは、自身の技巧を探求し、伝統的技法を再構成することで、未来の芸術の造形的な枠組みを作ろうとしたものともいえる。 よって、古典的構造の再生と再構築による新たな表現の探求こそが、カッラの目指した未来の芸術なのかもしれない。

【参考文献】

  • 岡田温司(2007)「もうひとつのルネサンス」平文社ライブラリー
  • Carrà, Carlo “Il rinnovamento della pittura in Italia,” Valori Plastici, novembre-dicembre, 1919; repr. in Valori Plastici: Rivista d’arte, Roma, 1919-1921, Milano: Mazzotta, 1969.
  • 池野絢子「運命を受け入れよう。こんな不幸な時代に、芸術をなすという運命を」京都芸術大学アネモメトリ(Accessed:2026/04/25 https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/essay/1817/)
  • IDEELART「カルロ・カッラと彼の未来派の抽象」(Accessed:2026/04/25 https://ideelart.com/ja/blogs/magazine/carlo-carra-and-his-futuristic-abstractions)

Suzuko スズコ

所属:芸術専攻 芸術学・文化遺産領域

現役研究者。【経歴】経済学士 ▶︎IT企業でSE&ISPマネージャー ▶︎ 造形学士▶︎ 修士・博士号取得▶︎ 京都芸術大学修士課程在籍中 ● 人が未来をクリエイトする営みに関心がある ● 好きな言葉はAlan Keyの「The best way to predict the futuer is to invent it」 ● 広島県出身だけど関西弁を話します。