52553004_笹尾優子_ 前期課題『超能力戦士ドリアンが好き』

  • クリティカル・ライティングゼミ

笹尾 優子

一般公開

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前期課題「超能力戦士ドリアンが好き」

【タイトル】超能力戦士ドリアンがくれる、やさしい熱狂

  • 無理のない形で楽しむ『推し活』
  • なぜロックバンドから「癒し」や「肯定感」をもらえるのか?

“歌って踊って笑顔で帰ろう”3ピースロックバンド『超能力戦士ドリアン』(以下、ドリアン)をご存じだろうか。私が彼らに出会ったのは、寝る前にInstagramのリール動画で何か楽しいものを探していたときだった。ふと目に入ったライブの切り抜き動画に、私は衝撃を受けた。キャッチーなロックサウンドに乗せて歌われていた曲のタイトルは、『カフェだと思ったら美容院だった』。思わず正座して見返してしまった。というのも、私自身も「カフェかと思ったら美容院だった」経験が何度もあるからだ。ドリアンの楽曲は、日常の何気ない“あるある”をそのままロックにしてしまう。その突飛な着眼点に、私は一瞬で引き込まれた。

バンドのメンバーは、大阪出身の30代男性3人。ギター2人とボーカル1人の3ピース編成だ。彼らはいわゆるワチャ系バンドと呼ばれる。ライブ中に観客と一緒に踊ったり、コール&レスポンスで一体感を生み出すタイプのバンドである。

ただし、いわゆる“暴れる系”ではない。ドリアンは、老若男女が安心して参加できるよう工夫している。MCでは必ず「それぞれの楽しみ方で参加してほしい」と声をかけてくれる。「踊ってもいい。立って聴いているだけでもいい。無理をしなくていい。」そう断言してくれるライブは、私にとって初めてだった。ロックバンドのライブといえば、体力勝負でハードルが高い。持病を抱える私は、なかなか足を運べなかった。でもドリアンの言葉に背中を押されて、初めてライブに参加した。体調に合わせて、無理なく体を揺らすだけでも十分楽しかった。体調不良の観客へのサポートも迅速で、「これが噂の“心遣い”か」と感動すら覚えた。ロックという熱狂の中で、「癒し」や「肯定感」を感じられるのは、ドリアンが「正しさ」や「上手さ」を求めていないからだ。ただその場にいて、楽しんでいればそれでいい。それが、何よりの肯定だった“やさしい熱狂”。そんな言葉がぴったりの空間に、私は心から癒されている。

  • 日常の何気ないあるあるをロックに昇華

ドリアンの曲の魅力は、その着眼点のユニークさにある

『焼肉屋さんの看板で牛さんが笑っているのおかしいね』

『恐竜博士は恐竜見たことないでしょ』

『寝るまでは今日』

── 一見、曲名とは思えないようなタイトルばかりだ。

ロックといえば、愛や野望、人生といった壮大なテーマを歌うものだと思っていた。

それなのに、こんなにも小さな“違和感”や“クスッと笑える疑問”を惜しみなくロックに全振りする。そこに私は、驚きとおかしみを感じた。歌詞も親しみやすく、難しい言葉が出てこない。さらに彼らは、ライブのたびに“その日限定の新曲”を披露する。

内容は、時事ネタや、ご当地ネタ、さらには会場への感謝の気持ちなど。

ライブ後には、ライブの様子をSNSなどに公開してくれるため、当日参加できなかったファンもその特別感を共有できる。目の前の出来事を即興で歌にする、その瞬発力とサービス精神には、その瞬発力とサービス精神。やっぱり、これも立派なロックだ。

  • 心を掴む技術の宝庫

ライブでは、観客と一体になる仕掛けがいくつも用意されている。

たとえばコール&レスポンス。「僕たちが質問するので、皆さんは両腕を上げて『興味ある〜!』って叫んでもらっていいですか〜?」「興味ある〜!」──というやり取りが、定番になっている。初めてでも、何度か繰り返すうちに型がわかってくる。

「次は来るぞ……」と身構えられるようになり、参加へのハードルがどんどん下がっていく。この“入りやすさ”が、ドリアンのライブの魅力の一つだ。心理学的に見ても、この構造は非常に面白い。*1心理学者ミルトン・エリクソンは「心と体はつながっている」と説いた。体を動かすことで、心も動く。観客は自然と“催眠状態”に入りやすくなり、没入感と一体感が高まるのだ。また、コール&レスポンスは「イエスセット」の技法にも通じている。何度も「はい」と答える構造にすることで、観客の心の扉が自然と開いていく。「この人たちの話をもっと聞いてみたい」「この場に参加してるって感じがする」──そんな気持ちに、気づけばなっているのだ。

  • 推し活に本当に求められている「パワー」って何だろう?

推し活と言えば、全通(ライブツアー全てに参加すること)やグッズを買って支えるイメージが強い。自分の時間とお金と体力を削ることが億劫だったがドリアンは変わらずに推せている。なぜか?彼らに見返りを求められないからだ。

どれだけ応援したか、貢いだか、知識があるかを競う空気がなく、

「それぞれの楽しみ方でいい」と言ってくれる彼らは、ただ“居てくれる”だけでありがたい存在だ。私にとってのドリアンは、“何かをがんばるための燃料”ではなく、“がんばらなくていい時間を許してくれる存在”なのだ。たとえば、疲れてライブに行けなくても、SNSにアップされた限定曲の歌詞を読んで笑う。それだけでも、少し心が軽くなる。推し活に必要なのは、誰かと張り合うエネルギーではなく、「このままの自分でも、今日ちょっと楽しかった」と思えるような、静かな肯定感なのかもしれない。だから私は、ドリアンをこれからも推していく。全通もグッズ爆買いもしてないけど、ふとした日常に彼らの曲を口ずさみながら、また“ちょっと笑える明日”を生きていこうと思えるから。

  • 結論:自分がドリアンからもらった“心の余白”と、それを誰かと共有したい理由

ドリアンの音楽やライブには、「気合い」や「情熱」といったロックのエネルギーとはまた別の、“余白”があると感じている。それは、無理をしなくていいという許しだったり、笑えることに全力を注ぐ愛らしさだったり、歌詞に表れる脱力感ややさしさだったりする。かつて、ライブに行くことに不安を抱えていた私が、彼らの言葉に背中を押されて、足を運び、振りの失敗しても「まぁ、いいか」と笑えるようになったこと。

自分なりのペースで参加していいと言われ、ちょっとずつ歌を覚えて、体を揺らせるようになったこと。その一つひとつの体験が、私にとっては“癒し”であり、誰かに「ここにいてもいい」と言われたような肯定感だった。日常の中で、何かがうまくいかないとき、息が詰まりそうなとき、そんなときに思い出せる「居場所」があることの心強さ。だから私は、この文章を書いた。この“心の余白”を、誰かと共有したいと思ったから。「ロックバンドってちょっと怖そう」と思っていたあの頃の私のような人に、「ドリアンって面白いかも」と感じてもらえたらうれしい。もしかしたらあなたにも、心をほどくようなライブ体験が待っているかもしれない。そんな予感を胸に、私はまた、次のライブを楽しみにしている。

1 本稿で扱う「エリクソン催眠」「イエスセット」は、公認心理師にヒアリングした内容をもとに筆者が理解・再構成したものである。

笹尾 優子 ササオ ユウコ

所属:芸術専攻 文芸領域

日本画家です
2025年 文芸領域入学(クリティカル・ライティングゼミ3期生)