21ページまで読んでごらんなさい。
- クリティカル・ライティングゼミ

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2月の本「文豪」
遠藤周作
『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』
平成21年9月
新潮社
21ページまで読んでごらんなさい。
私の住む町田市には、文学作品や原稿を収蔵する「町田市民文学館 ことばらんど」がある。「神奈川県と間違われるほど地味な町田に文学館があるのだから、きっと23区にはそれぞれ立派なものがあるのだろう」と思い調べてみると、意外にも都内には2か所しかなかった。なぜ町田に文学と深い繋がりがあるのか。その鍵を握っていたのは、遠藤周作である。晩年、療養のために町田市玉川学園で過ごした彼が、遺族を通じて町田市に原稿の管理を託したことが、文学館発足のきっかけとなったのだという。
遠藤周作といえば、私の高校時代の課題図書『海と毒薬』以来だった。戦時中の生体解剖事件を扱ったあの重厚な作風のほかに、一体どんな作品があるのだろうか。書店の棚を眺めていた私の目に飛び込んできたのは、背表紙にびっちりと細かい字で長文のタイトルが刻まれた、『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』だった。驚いた。「なろう系ラノベ」のタイトルかと見間違えたほどだ。十代の頃に触れたシリアスな雰囲気とは打って変わり、本作は「心に届く手紙の秘訣」を綴ったエッセイである。
手厳しい説教から始まるのかと思いきや、最初に語られるのは文豪自身の意外な「筆不精」エピソードだ。合格通知の手紙を出すのを怠ったせいで、親友に不合格だと思い込ませ、無駄に落ち込ませてしまった……。文豪とはかけ離れた人間味ある一文に、書店で思わず声を出して笑ってしまった。また、目次などの都合で本編が11ページから始まるため、タイトルの「十頁」を守るには21ページまで読まねばならないという構造も、面白い。
本作は、著者の死後10年を経て発見された未公開原稿だという。それはまさに、遠藤周作という一人の人間から、時を超えて届いた「天国からの手紙」のような一冊。手紙の書き方の指導のみならず、小説の文章作法や、男女の心理を紐解く恋愛指南へと広がっていく。この根底にあるのは、常に「読む人の身になって他者を思いやる」という精神である。もしや、タイトルの「十頁」の指定は、筆不精の人間でも読み始められるようにと著者が用意した、スモールステップの思いやりなのかもしれない。
ちなみに私がこの本に出会うきっかけをくれた「町田市民文学館 ことばらんど」は、町田駅から徒歩10分。そして入場無料。町田へお越しの際は、ぜひ一度覗いてみてね。
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