イタリア未来派に関する経験的考察ー大塚国際美術館での鑑賞を通じてー

  • 芸術理論・西洋美術史ゼミ

涼子

一般公開

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はじめに

本稿では、1910年代初頭からおよそ30年間続いたイタリアの芸術運動「未来派(Futurismo, Futurism)」に関する初期的な調査の過程を報告する。

私のこれまでの研究を知ってくださっている人とっては、未来派に私の関心が向かうことは自然に感じるかもしれないが、そうでない読者の方に向けて、別稿にて改めてその背景を詳述する予定である。ここでは簡潔に述べるにとどめるが、私の研究のコンテキストは「未来を創る力」に関するものである。

私の未来派に対する理解は現時点では入門的な水準にある。私がかつて造形学、すなわちアート&デザイン領域の学士課程で学んだ経験から、美術における学びにはある種の実証主義的な色合いがあると強く感じている。すなわち、美術における制作や鑑賞といった経験は、理論や仮説に密接に関与し、むしろその形成に積極的に関わるべきであるという考え方である。このような哲学に基づき、未来派を経験的に鑑賞できる場を探索した結果、大塚国際美術館を訪れることとした。

大塚国際美術館における未来派作品の展示

大塚国際美術館は、大塚グループによって設立された世界初の陶板名画美術館であり、5名の大学名誉教授らによって構成された絵画学術委員会によって選定された1,000点以上の西洋名画を、時系列かつ原寸大で展示している。美術史を体感的かつ俯瞰的に鑑賞できる点において、本館は有意義な学びの機会を提供している。

今回の調査対象となる未来派は、主要作家たちが徐々にファシズムに傾倒し、それに伴う戦死などの要因も重り、およそ30年という比較的短い期間で終焉を迎えた。そのため、大塚国際美術館における未来派の展示も限定的であり、1912年から1913年に発表された3名の作家による5点の作品のみで構成されている。

未来派の起源と思想的背景

未来派は、文学者であり詩人でもあったフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティの思想を中心として成立した。1898年、マリネッティは雑誌『アンソロジー・ルヴェ』に寄稿した自由詩「老水夫」で賞を受け、当時人気を博していた女優サラ・ベルナールによって同詩が朗読されることで、一躍脚光を浴びることとなった。その後マリネッティは、1909年に雑誌『フィガロ』に「未来派創立宣言」を掲載し、新たな芸術運動を宣言する。この背景には、1906年にミラノで開催された万国工業博覧会が象徴する、急速な都市化と機械化の進行がある。また、印刷技術の発展によって雑誌が一般大衆にも普及したことも、これまで上流階級に限定されていた文学を大衆に開く契機となった。このような時代背景の中で、彼は同調者を募り、1912年には「未来派宣言」を発表する。

大塚国際美術館で展示されている未来派作品がすべて1912年に集中しているのは、この年が未来派にとって運動の転換点であり、特に象徴的な意味を持つからであろう。

未来派作品における表現と主題の一例

大塚国際美術館で取り上げられている未来派の作品5点は、未来派の主題や関心を明確に反映している。

彼らは機械文明の成果に強い関心を寄せ、例えばバッラやルロッソは自動車というモチーフを通じて、速度・光・機械運動といったダイナミズムを絵画に示すことを探求した。大塚国際美術館ではバッラの《通り過ぎた車》(1913)、ルロッソの《自動車のダイナミズム》(1912–13)を展示している。

また、技法面では、対象の動きを複数の角度から捉え、分割した面を画面上に統合することで、視覚的・時間的な連続性を表現している。大塚国際美術館で展示されているボッチョーニの《弾性》(1912)や、バッラの《鎖につながれた犬のダイナミズム》(1912)はその典型であり、これらはピカソやブラックに代表されるキュビズムの技法に影響を受け、その後のダダイズムやロシア・アバンギャルドへ影響を与えたとされる。

結論と今後の展望

未来派は短命であったにもかかわらず、美術における新たな概念の導入や実験的手法の探求を通じて、後の現代美術に影響を及ぼした。マリネッティによる宣言文は以降も連続的に発表され、未来派における思想的側面の多様性および重要性を語っている。したがって、その時代性および各宣言文の意図を読み解くことは、未来派への理解を深める上でも欠かせない視点である。今後は、未来派における思想と表現の連関、歴史的・社会的背景をより精緻に調査することで、今から約100年前に起こった1910年代の未来派が、どのような未来を想像し、芸術を通して構築しようとしてきたのか、イタリア未来派における「未来を創る力」を探っていきたいと考えている。

参考文献

  • 大塚国際美術館フロアマップ,大塚国際美術館
  • セゾン美術館 他 (1992)図録 未来派,東京新聞
  • 土肥 美夫 他 (1989)20世紀の芸術〈3〉芸術の革命,岩波書店

涼子 スズコ

所属:芸術専攻 芸術学・文化遺産領域

現役研究者。【経歴】経済学士 ▶︎IT企業でSE&ISPマネージャー ▶︎ 造形学士(武蔵美)▶︎ デザイン・芸術系大学講師 ▶︎ 「デザインと共創」に関する博士論文で修士・博士号取得(Jaist) ▶︎ 京都芸術大学修士課程在籍中 ● 人が未来をクリエイトする営みに関心がある ● 好きな言葉はAlan Keyの「The best way to predict the futuer is to invent it」 ● 広島県出身だけど関西弁を話します。