何もないはずの福井に、推しが押し寄せて来た

  • クリティカル・ライティングゼミ

笹尾 優子

一般公開

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何もないはずの福井に、推しが押し寄せて来た

8月課題『事件』

「福井なんて、武生に、なんもないっすよ」その言葉を信じた私は、スケジュールも下調べもないままを旅立つことにした。次々と事件が舞い込むとも知らずに。

 大河ドラマ『光る君へ』にドハマりした私は、紫式部が唯一、京都以外で暮らした越前へ向かうことにした。目的はシンプル、大河ドラマ館を訪れること。あとは紙漉き体験でもしながら、のんびり過ごそう。そう思っていたら、予約の手違いで旅程が一週間ずれてしまった。まあ、急ぐ旅でもないし――そう気楽に構えていたのだが、この“ズレ”がとんでもない偶然を連れてくる、事件のキッカケにつながるのだった。

旅の3日前、福井出身の後輩が「福井なんて、ましてや武生になんて、なんもないっすよ。東京と違って飲食店少ないから」と教えてくれた情報をもとに宿の近くを検索していたら、ある店名に目が留まった。え、これって……まさか!?なんと、私の好きなロリィタファッションブランドの本店が武生にあるという事実を発見!旅行初日は創業祭が開催、ゲストにはロリィタ協会会長・青木美沙子さんが登壇するらしい。あの“美佐子ちゃん”が福井に、来る!?私はひっくり返った。いや、これは行くしかない。

しかし翌日、さらにひっくり返ることになる。追い打ちをかけるように、見つけたのは私の好きなロックバンド、超能力戦士ドリアンの福井初ライブ情報。しかも学園祭、入場無料!? え、なに? 私のために開催してくれてるの!?おいおい、福井。「何もない」どころか、エンタメ大渋滞じゃないか!一気にのんびり旅は吹っ飛び、SNSの告知を見逃していた自分を責めつつ、必死にタイムテーブルを組み直し、旅行初日は創業祭で服を買い漁り→美佐子さん拝顔→バスと電車移動を経てライブ参戦という、分刻みスケジュールを立てるはめに。推し活に追われる旅が幕を開けた。

 2日目は越前で落ち着いて紙漉き体験。…のはずが、そこにも“事件”は待っていた。現地ではなんと、偶然、伝統工芸士が講師を務める特別日。紙漉きをする私の横で熱くレクチャーする工芸士を遠巻きに見ていた海外の観光客たちが、私を弟子か何かと勘違いして、バシャバシャと写真を撮りはじめる始末。なぜ……こんなことに……そんな絶望した顔の私が、きっとどこかのSNSでアップされているに違いない。

仕上げに、日本で唯一の和紙の神社を訪れると、年に一度の例大祭の真っ最中。神楽が神聖な空間に響き渡る中、山から神様が下りてきた、という説明に、「神様にめちゃくちゃ歓迎されてるじゃん……!」と恐縮するしかなかった。

こうして、最大の目的だった大河ドラマ館にようやく辿り着いたのは旅の最終日。大河ドラマ館に着いたときの私はもう別のドラマの登場人物だった。思えばこの旅は、本来なら先週決行され、何もない、はずだった。けれど、ズレたからこそ偶然が積み重なって私の推したちが一同に福井に集結した。旅とは、予定通りにいかないから面白くドラマチックなものである。それにしても出来すぎな旅行だった。

笹尾 優子 ササオ ユウコ

所属:芸術専攻 文芸領域

日本画家です
2025年 文芸領域入学(クリティカル・ライティングゼミ3期生)